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「ハッピー貯金」と「心のアンテナ」 [アダルトチルドレン]

しばらくまた穴に落ちていました。体も頭も鉛のように重く、ハッピーを思い出そうとしても空回り。

落ち込むことがあったということもありますが、一番の原因はいろいろと忙しかったことが一段落して、時間ができたこと。展示やイベントの後には、必ずこのような谷間に落ち込みます。

何もやらなくていい。そのままでいい」。シリコンバレー合宿から持って帰ってきたこの答えは、私にとってのゴールながら、未だに一番の難題なのでした。

いつもなら何かで気を紛らせてこのような期間をやりすごすのですが、さすがにそろそろなんとかしたいと思い、今回は瞑想などをしながら徹底的に心に向き合ってみています


一つわかったこと。

何かをしていないと、何かを成し遂げないと、自分には存在価値がない」と無意識に思っている。これが諸悪の根源であること。

これは「暇である=誰からも必要とされていない=存在価値がない」と自動的に変換されます。

しかしこれは、自分の存在意義を他人に委ねること自分自身で価値を付加していけるようにならないと、いつまでたっても苦しみから自由になれません

この考えのおおもとは昔に親に植え付けられたものですが、関係が良好になった今でも、私の心には棘のように刺さったまま。いい加減もう抜かないと。


「心のアンテナ」を内部に向けること

アダルトチルドレンには、他人に存在意義を委ねる傾向が多くあると言われていますが、なぜそのようなことが起こるのか。

以前読んだ関連書籍にこのような図がありました。(記憶スケッチ+アレンジ済みです。いい加減な絵で失礼!)

子供の意識を「心のアンテナ」と表現しているのですが、これを初めて目にしたとき、自分の心の中で何が起こっていたのか、ストンと納得がいったことを覚えています。

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健全な生育環境(右)では、子供は心のアンテナを内部に向け、「自分が何をしたいのか、どう感じるか」と常に心の声に耳をすまし、わがままを言いながら伸び伸びと育ちます。


しかしアダルトチルドレンとして育つと(左)、安心できる環境にいないことが多いため、外部の危険の察知用にアンテナを外部に向けて張ります。自分の心をおし殺さないと生き延びられないので、常に心の中はほとんど空っぽ。

常に周囲の空気を読んで行動するので、学校生活では「調整役のいい子」として立ち回れたりして、あまり問題が顕在化しません。

しかし、「あなたは何がやりたいの?何になりたいの?」と問われるようになる成人後は、「生き延びることしか考えてこなかったから、やりたいことなんてない。そもそも考えたこともない!」と初めて気がつき、鬱になることも多いと言われています。


私も例に漏れず、長い間ひたすら「自分の心探し」で悪戦苦闘しました。(評価軸が自分の中にないので、自分が食べているものが、美味しいのか、不味いのかもわからなかった…!)


このように、オリジナルのゆるぎない評価軸で身に存在価値を付加するためには、まずはアンテナを自分の中に向けて、心の声に耳を傾けることが大事なのです。


iphone依存症から脱却するために

しかし思えばこのところ、活字中毒&無音恐怖症の私は文字や音に極度に飢え、かなりの時間をiphoneを抱えて「iphone依存症」になっていました。

せっかく心の声に耳を傾ける重要性がわかってきたのに、「頭の中が余計な雑音でいっぱいだから消したい!」と、問題の根本に向き合わず、文字や音楽を詰め込んで上書きし、頭の中のみならず、自分の心の声までも埋もれてさせていました。

これは大問題…。


まずはiphoneをなるべく遠ざけ、自然の中を歩いたりひたすら瞑想をして、心の中を覗き続けることから始めてみました。

するとまだ二日目ながら、最初の禁断症状期を抜けると、色々な方向に大暴走していた雑音が静かになり、本来の自分のゆったりとした流れを感じられるようになってきました。そして、穏やかな幸せが少しずつ湧き上がってくるのも感じています。

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新緑にまみれて、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』を読む。これは最高のリハビリになりました!



「ハッピー貯金」!

そんなとき、知人の放送作家さんと簡単なやりとりをする機会がありました。近況を聞かれたので「ハッピーを自己生産するため内面に向き合っています」とお答えしたら「いいね!ハッピーを貯金しよう!」とのお返事。


ハッピー貯金!


なんて素敵なキャッチフレーズ。さすが超敏腕PRプロでもある作家さんです。

どんなにどんよりした一日でも、一つのハッピーくらいは探せば見つかるはず

極端な私はいつも「超ハッピーにならないと!」と焦っては、現実とのギャップに落ち込むことを繰り返してしまうけれど、欲張らずに小さなハッピーを少しずつ心の貯金箱に入れていくのなら、そんなに難しくはありません

そしてそんなハッピーを探すのは、とても楽しくてワクワクすること。


まだ私は絶賛「心の立て直し&構築中!」ですが、まずはアンテナを内に向けて、Emptyマークがついていた空っぽの心に、ハッピーを貯金していこうと思います。


みなさんも一緒にしてみませんか、ハッピー貯金。


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カレーを食べ終わって蓋をしたら、ニコちゃんマークと目が合いました。スープストックのお姉さんありがとう。これも今日の大事な1ハッピーです。


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それとこれとは別問題 [アダルトチルドレン]


胸を張って自分の姿に正直に生きていくことと、
周りが理解してくれるかどうかは、別問題。


親でも友達でも先生でも、
自分の全てを理解してもらうのは難しい。


例えば私の場合は、わだかまりが消えたとは言え、アダルトチルドレンであることやADHDであることを、親に伝えるつもりはありません。

精神科や心療内科に行くことや発達障害について、理解してもらえるとも理解してもらおうとも思わないからです。


同じように、私の友人たちにも、理解してもらおうと思っていません。

それは絶望からではなく、彼らが私の友人でいてくれることと、理解してもらうこととは別問題だと思うから。


しかし、理解してもらえないからと言って、自分に素直に生きることを遠慮する必要なんて無いわけで、「これが私です」と胸を張ってしまえばいい。


たとえ数は少なくとも、わかってくれる人にわかってもらえれば、それでいい。

そんな出会いこそ、素晴らしいものだから。



とはいえ、こんな悟ったようなことを言いながら、ほんの少し前までは、人の意見に振り回されっぱなしだった上に、0か100か白か黒かという極端な思考をしてはひとり潰れていた私です。


今はありがたいことに、このポンコツな私をまるごと受け止め理解してくれる人に囲まれていますが、アダルトチルドレンでADHDという、人との適切な距離感を掴めないダブルパンチのハンディを背負い、長い間苦しんできました。

人を信用しすぎて利用されたり、勝手に期待しては裏切られたと落ち込んだり、依存して迷惑をかけてしまったり。



しかし、「人に過度に期待することをやめ」という対処法を得てからは、適切な距離感というものをようやく理解できるようになりました。

若さから来るカミソリのような鋭さと脆さを失う代わりに、この鈍感さを身につけられたのは、年齢を重ねて得られた良いことの一つなのかもしれません。



しかし、今何故こんなことを書いているかというと、私のブログを読んで連絡をくれた、周りに理解してもらえず一人で苦しんでいるある若い知人とやり取りをし、他人事と思えなかったためです。

彼女や以前の私と同じように悶々としている人に、この励ましが届いてくれることを願っています。


自分に正直に生きることと、
周りが理解してくれるかは別問題。


たとえ周りの誰もがわかってくれなかったとしても、この世界のどこかには理解してくれる人が確実にいる。

理解してもらえない人たちを説得し疲弊して絶望するよりも、
胸を張って、
わかってくれる人をワクワクしながら探しにいきましょ!



なぜなら、それとこれとは別問題だから。


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ADHDでした! [アダルトチルドレン]

昨日精神科で、ADHDであるとの診断を受けました。色々な項目が当てはまり、どう考えてもそうですねえと。


…心の底から安堵しました。


ここ何年か、ADHDの記事を読むたび、見事に当て嵌まるなあと思いながら、そう特定されることを恐れる気持ちもあり、なかなか病院に足が向きませんでした。でも、こんな楽になれるんだったら、もっと前に受診してもよかったな。


努力が足りなかったのではなかった

小さい頃から、人と同じことをやろうとしても出来ず、笑われたり、ふざけていると怒られたり、その度に、自分の努力が足りないんだと落ち込んできました。

でも、これらは努力の問題ではありませんでした。努力ではどうにもならない脳の問題でした。

もう自分を責めなくていいという免罪符を得て、むしろ、このポンコツ状態でよくここまでやってきたなあと、我ながら労ってあげたい気持ちです。よくやった私。


喫緊で困っていることがないなら治療の必要はないと医者からは言われたのですが、人並みの集中力がどういうものかは知りたいと思ったので、とりあえず服薬は始めてみることにしました。

でも今となっては、ADHDだから出来たこと、そこから生まれた資質もあると思えるようになっているので、違和感を感じたらすぐにやめようと思っています。


ACもADHDも全然オープンにしちゃいます!


アダルトチルドレン(AC)とADHD。前者は環境からくる精神的な問題、後者は脳の問題で、性質は違えど両者には密接な関係があるので、診断を聞いて、やっぱり出揃ったなという感じがありました。

でも、アダルトチルドレンもADHDも、別に隠すべきものでも、恥ずべきものでもありません。明るく話せる世の中になったらいいなと思いますし、両者で生きづらさを抱えて生きている人に、私を見て「あんなオープンなやつがいるのね」と少しでも気楽になってもらえたら嬉しいなと考えています。


ちなみに、昨年、アダルトチルドレンであると外に出そうと決めたとき、作品や活動が色眼鏡で見られて損することがあるかもよ、と心配してくれた人もいました。確かにその面はあるかもしれません。

でも、アダルトチルドレンもADHDも紛れもなく私の性質の一部です。苦労させられながらも、40年間一緒に生きてきました。なので、私はこれからは、それらを全部ひっくるめた「澤奈緒という生き方」で表現をしていきたい、と考えてます。そしてそれが、昔の私のように苦しんでいる誰かを励ませるのなら、これ以上嬉しいことはありません。


ただ、そうは言っても、キリストダンナにその診断結果を告げる時には、「そんな嫁いらない」と言われたらどうしようと少しは緊張しました。ところが、彼の答えは「へー、わかってよかったじゃん!」とあっさりしたもの。「ブログに書いたら、仕事の立場上困らない?」とも聞いたら「全然問題ないから書きなよ、書きなよ」とまで。

確かに私が彼の立場でも、もう10年一緒に暮らして性格もほとんどわかっているので、今更そう診断されたからと言って、突然見知らぬ人格が出てくるでもなし、「ふーんその傾向に名前があったんだね」くらいの反応だとは思います。


それにしても、前回の記事のように、このキリストダンナをはじめ、ありのままのこのポンコツな私を受容してくださる方が現在は周りに大勢いらっしゃるので、本当に有難いと、しみじみこの幸せを噛み締めております。

頓珍漢な努力と空回りはこれからもきっと続くとは思いますが、それでも前回の気づきのように「このままの澤奈緒」を大事に生きていこうと思いますので、どうぞみなさまお付き合いいただけましたら幸いです。


最後にもう一度、自分に言い聞かせるためにも…


あなたはあなたのままでいい!

It's OK to be who you are! 

もしくは、

Just The Way You Are!(byブルーノマーズ!奥田浩美さんにいただいたFBコメントより)



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あなたはあなたのままでいい [アダルトチルドレン]

この何日間か、気持ちの穴に久々に落ちておりました。きっかけは本当に他愛もないことだったのに、突然エアポケットかクレバスかというような心の裂け目にスポッと落ちました。

一応底があってこれ以上は堕ちないけれど、重い泥の中に閉じ込められたようで身動きが出来ず、焦りだけが加速していく。久々にこんな落ち込みを味わいました。

ただ、昔だったらその先には地獄が口を開いていて自殺衝動に繋がるようなものでしたが、今回全くそこまで堕ちず、「時間が経てば出られる」ということがどこかでわかっていたこともあり、「心がどう変化するかみてやろう」と冷静に観察する余裕もありました。やはり昔より心が強くなってきた証拠なのかもしれません。



日が経ち徐々にその穴から這い上がりつつあったものの、最後に勢いよくひっぱり出してくれたのは、シリコンバレー合宿のメンターとメンバーでした。

昨日、主催者の堀江愛利さんの一時帰国に合わせて、振り返りミーティングが開かれたのですが、そこで「どうにもこの落ち込みから抜けられないんです」と訴えた私に「奈緒さん、あんなにシリコンバレーで余計なものを捨ててきたのに、またいっぱい背負いこんでるよ!」と奥田浩美さんに指摘してもらい、「そうだった!」と目が覚めました。



私には昔から、人との比較癖が強烈なレベルでありました。それが「私はダメすぎるから、あれもこれもやらないと」という焦りになり、でもその思いだけでぐったりして結局何も出来ず、自己嫌悪を強化するという悪循環に長年陥っていました。

シリコンバレー合宿では、堀江さんにこの悪癖をひっぱがしてもらいながら、「自分がどうありたいか」ということを徹底的に追求しました。

それは私にとっては、自分をがんじがらめにしていた「やらなければいけない=should」という思いを全部脱いで、「無理に動こうとしていたことをすべてやめること」でした。

そして解放されて自由の喜びに包まれて帰国し、その高揚感のままVRイベントでプレゼンをしたのですが、年末から続いていた色々なことが一段落したときに、「何か早く次にやらなくては」と、いつのまにか昔自分が囚われてた「should」にまた絡め取られていたのでした。



人と比較することは、自分でないものになろうとすること。私のすべての苦しみはここから生まれてきたと言っても言い過ぎではありません。また比較癖を背負ってしまったら、何度でも下ろして廃棄して、いつか二度と背負わないようになりたいと思います。


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ちなみにこちらは随分昔に何の雑誌から切り取ったのかすっかり忘れてしまったけれど、何度読み返しても素敵だなあと思う記事、そして言葉です。「It’s OK  to be who you are.(あなたはあなたのままでいい)」。

シリコンバレーでも、昨日のミーティングでも、この言葉を健忘症の私はみんなに何度も言ってもらいました。


あなたはあなたのままでいい。

そして、

みんながみんな、そのままでいい。


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自信が生まれるまでのプロセス [アダルトチルドレン]

最近、小さいながらも自信が育ってきたなと感じるようになってきました。一年前の私には信じられなかったことです。


昨年の今頃までずっと、私は自分のやっていることに全く自信が持てず、周囲からの視線を気にし、他人の意見に振り回されながら生きていました。それは、皮の下で魂が小さく縮こまって、周囲を伺いながら息を潜めているような感覚でした。


でも、最近は、魂が大きく膨らんで皮とバチっと接着された感じがします。昔は歪んだ姿でしか見えなかった世界が、今はクリアに見えて、自分の軸も定まってきたようです。


思い返せば、去年の夏から私の環境は大きく変わりました。


これまでも沢山の方の出会いの中で成長させていただいてきた私ですが、現在、VRの技術サポートをしていただいているサイキックVRラボ(以下サイキック)社長の山口征浩さんに自信の土台を作っていただき、そこから色々なことが連鎖的に起こりましたので、今回はそれを書いてみようと思います。



「無名な人がいい」


そもそも山口さんとの出会いは、キリストダンナがメンターをしている、リクルートのスタートアップアクセラレータ「TECH LAB PAAK」に入居していた山口さんが、成果発表会でダンナの「マイクロソフト賞」を受賞されたことから始まりました。


キリストダンナがその際にサイキックさんの持つ技術をみて、「作品を3Dスキャンしてもらったら面白いんじゃない」と私に提案し、間も無くマイクロソフトの会議室でサイキックの皆さんとお会いできることとなりました。


図1.png
 右端が山口さん。左端が表情がカチコチの私。茶髪長髪がキリスト。


しかし、そこで実演してくださったサイキックさんの技術が凄まじくハイレベルな上に、いらした皆さんはキラキラとエッジが立った方ばかり。自信のかけらもなかった私はすっかり恐れをなし、隅の方でひっそりと身を隠すようにして座っていました。


でも、死生観をテーマにしたVR作品を体験させていただいた時、私のテーマと同じだ!と感動し、おずおずと「こんなものを作っているんですが…」と作品を差し出してみました。すると、皆さんが興味を持ってくださり、山口さんからは「ぜひ一緒にやりましょう」となんとも嬉しいお言葉が。


山口さんは、「これまでデジタルベースのクリエイターとは組んできたが、アナログでやっている人とも組みたい」ということだったのですが、「こんな、どこの馬の骨とも知れないような私でいいのだろうか」と、私はその後もしばらくプレッシャーに苛まれました。


しかし山口さんは、「すでに有名な人ではなく、これから一緒に成長して行ける人と組みたいんです」と何度もおっしゃってくれました。


そして、「今は奈緒さんの情報をググってもほとんど出てこないから、いっぱい出てくるように仕掛けましょう!」とも。こんな風に、無名であるということは顔から火が出るほど恥ずかしいことでしたが、そう力強く言ってくださるのを聞いているうちに、羞恥心は「その思いに応えたい!」という思いにシフトしていきました。



そして、その数ヶ月後の8月、VRプラットフォームの「STYLY」のサービスローンチに合わせ、私はVR作品を制作・発表し、サイキックさんはプレスリリースを配信してくれました。


(ちなみに山口さんは、プレスリリースの達人です。もちろんそこにはハイレベルの技術があるからなのですが、どのタイミングで、どのように打てば取り上げられるか、という判断は的確すぎるほど的確です)


まだまだ自信がなかった私は「とりあげてくれるメディアがあるんだろうか」と半信半疑だったのですが、配信後には色々なところが取り上げてくれました。


そして、この件を、以前リクルートに私がいたときの先輩で編集者の馬場美由紀さんが、記事にしてくださいました。これには、「昔は作る側だった私が記事になるなんて!」と、とても感慨深いものがありました。


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山口さんと一緒に!



連鎖と自信の種



そしてこのあたりから、「どうやら私のやっていることは悪くないらしい」という手応えとともに小さな自信が生まれ、そのことも一つの原因となってアダルトチルドレンの苦しみからも抜けられた感触を得られるようになりました。


その生還体験を記事にしていただいた後には、ふと参加した放送作家野呂エイシロウさんのPR勉強会で「情報発信が大事」と学んだためにこのブログを始め、その三日後には、IT界の女帝の奥田浩美さんからシリコンバレー合宿のお誘いをいただきました。


そのシリコンバレー合宿では、プログラム創業者の堀江愛利さんのファシリテーションのもと、素晴らしい仲間たちと一緒に昔のキズとトラウマを手離し、先日のイベント登壇では、プレゼンを通じて「この私にも語れることがある!」という発見を得ることができました。


途中からポンポンと素敵ながらチャレンジングなお話をいただくようになり、それを必死に乗り越えていたらいつの間にか、自信の小さな粒が、まだ小さいながらもしっかりとしたものになっていました。


周囲からの評価に対しても「私がいいと思ったんだからいい」「自分が伝えたいことを伝え、やりたいことをやっていこう」と思えるようになってきました。


このような事が半年強で起こり、一年前の私だったら信じられない変化が自分の中で起きました。


自信を持つことが出来るようになるためには、「勇気を持って発信してみる」「次に繋がる」「自信になる」というように、小さな成功体験を積み上げていくことが大事だとよく言われていますが、実際に山口さんは、技術サポートのみならず、その心理サポートを私にしてくださったわけで、そんな山口さんには感謝しかありません。



産まれながらにして根拠のない強大な自信を持つことができる人がいる一方、私は自信を自分で育てていかなくてはなりませんでした。現在はようやく自信が産まれてきましたが、それでも時々は揺らぐこともあるでしょう。でも、きっともう私は昔のように卑屈にならないだろうという手応えがあります。それだけで十分です。私にとっては大進歩です。40歳にして、ようやく私は自信を持つことから生じる安心感を知りました。



ちなみに、ある知人からは「最近変わったよね。昔のフワっとした感じがなくなった」と、少し残念そうに言われました。以前の自信のない私にはあった「弱さから出る可愛げ」が無くなったということかもしれませんが、私はそんなものはもういりません。笑 自分が心地いいことが一番大事です。 





タグ:自信
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